第1回/「空間系グラフィック」の特徴(全7回)
壁面やタペストリー、パネルなどのデザインを考える。このデザインをどんな風にすればいいのか。何らかの課題を感じている方は意外に多いのではないだろうか。今回から始まる本連載では、この空間内に掲示されるデザインを、「壁面グラフィック」または「空間系グラフィック」と呼称して解説を行っていこう。
「壁面グラフィック」。それは「空間」の中にある様々なビジュアル部分のことを指している。特に店舗や商業施設にある様々なグラフィック、展示会やイベントで壁面等に掲げられた説明資料、ショールーム内に設けられた「解説文」など、「空間に掲げられた画像や図解、説明、ロゴ、キャッチコピーなど、様々な掲示要素」を指している。
商品やサービスの販促において、グラフィックデザインは販促力を高める重要な構成要素となる。「デザイン」という言葉を聞くと、プロのデザイナーが考える作品のようなものを想像する方も多いと思うが、実際には、一般の方が手書きで添えるちょっとした言葉をはじめ、写真や図など、視覚的なものは全て「グラフィック」として認識されるべきものとなる。そんな「グラフィック」の考え方が、「壁面など、空間内に掲示される」ものになった時、そのデザイン手法は「空間系グラフィック」として、チラシなどの2次元媒体のデザイン論理とは異なるものとして考えなければならない。
本連載は、グラフィックデザイナーといった専門家に対してグラフィックデザインの詳細なデザイン手法をお伝えするものではない。むしろ、デザイナーではなく、何らかの立場で壁面のグラフィックを検討しなければいけない方々に向けて、空間系グラフィックの考え方を理解してもらい、グラフィックデザイナーに的確な依頼・指示ができるようになってもらうことを目的にしている。空間系グラフィック、特に販促空間においてこれらは決して感覚的なものではなく、「成果を出すために」戦略的に、そして論理的に構築していくべきものとなる。本連載では、できるだけ具体的に事例を挙げながらお伝えしていきたい。
販促空間とは?
さて。本連載を始めるにあたって、タイトルに含まれている「販促空間」という言葉に触れてみよう。販促(販売促進)とは「商品・サービスの売上を伸ばすために行う様々な活動」のことを指している。その観点から「販促空間」とは、販促を目的として何らかの空間を構築し、その空間においてコミュニケーションを発生させ、その結果として何らかのビジネス的な成果を得ることを目標とした場、ということになる。
具体的には、店舗などの商業施設であり、展示会やイベントもそうだろう。それだけでなく、オフィス等のショールームや街角にある宣伝の空間もそう、と捉えることができる。販促空間にはBtoBのものだけでなく、BtoCの場もあるが、共通して言えることは、そこには「人」との関係性が起点となっていることだ。当たり前のことなのだが、実はこのことをしっかりと、そして「現実的」に捉えられることが成果を出す空間づくりには大切なことになる。
本稿をお読みいただいている方の中には、このような販促空間を実際にデザインされていたり、企画しているなど、直接的・間接的になど様々な形で関わっているのではないだろうか。そして、日頃の業務の中で、その販促空間をどのように構築すれば、成果が出て、対象となる商品・サービスの売上が上がるのか、課題を感じている方も少なくないだろう。本連載では、その販促空間の中で、特に「壁面グラフィック」の考え方にフォーカスして、どのような方針でデザインを検討すれば、結果が出るものとなるのかを、何回かに分けてお伝えしていこうと思う。
なぜ展示会デザイナーなのか
ここで疑問を感じる方も多いに違いない。そもそも、なぜこのような記事を「展示会デザイナー」が書くのだろうか、と。このことについて、少々説明をしてみよう。本稿をお読みの方の中には、BtoBの商談会である展示会を訪れたことのある方、出展したことがある方は多いのではないだろうか。展示会の多くは、3日間という極めて短い期間のみ開催されている。出展社はそのわずかな期間で何らかのビジネス的な成果を出すことを目標とするわけだが、その舞台となる「展示ブース」をデザインするデザイナーは、そのような「ビジネス的な成果」を出展者に出していただくために、単にブースの設計をするだけでなく、「キャッチの言葉」や「商品陳列」、「壁面グラフィック」の検討、さらには会期中の「接客方法」など、出展に関わる様々なことに対して出展社にアドバイスを行っている。限られた期間の開催であるだけに、展示会デザイナーに期待される役割は、ブースをつくることではなく、「展示会に成功させてくれること」なのである。
わずか3日間で出展の成果を出すためには、どのようにその空間を構築すればいいのか。毎週のように展示ブースに関わる中で、これまで様々な経験をし、試行錯誤を繰り返してきた。その中には成功したものもあれば、当然失敗して猛省したことも多々ある。このような日頃の業務で得た経験や知識は、単に展示会だけでなく、店舗やショールームなど様々な販促空間に活用できるのではないか、と日頃から感じている。そこで、本連載では、日頃のデザイン活動の中で実際に集客等の成果を出すことに成功した事例を基に、極力具体的な手法をお伝えしていきたいと考えている。
空間系グラフィックの特徴
さて、前置きが長くなったが第1回目となる今回は、「空間系グラフィック」の特徴について説明をしよう。これは、今後この連載を読んでいただくに当たって基盤となる考え方になる。
私は、日頃展示会出展社にアドバイスをする中で、「2次元のグラフィック」と「3次元(空間)のグラフィック」は考え方が異なります。と、話している。例えば、目の前に何らかのチラシがあることを想像してほしい。皆さんは、今、手にチラシを持って、その記事を眺めている。その時、皆さんの「目とチラシの距離」は概ね一定のはずである。チラシのデザイン・レイアウトを考える際には、この「目とチラシの距離が一定」という事実を前提に、どうやったら読んでもらえるか、読みやすいか、伝わるかを考えるようになる。これが、2次元のグラフィックのベースとなる前提条件だ。
一方で、空間系グラフィックの場合はどうだろうか。例えば、皆さんの周りにあるいずれかの壁面に何らかの説明資料が描かれていることを想像してほしい。もし、今皆さんが立ち止まっているのであれば、その壁面と皆さん(の目)との距離は一定となり動かないが、皆さんが移動を始めるとその距離は常に変化をする。つまり、空間系グラフィックの場合、皆さんの目とグラフィックの距離は「一定ではない」、このことを前提にデザインは考えなければならない。このように聞いてしまうと、何を当たり前な、と思われるかもしれない。しかし、多くの壁面グラフィックでは、この当たり前のように思える条件を考慮していないものが意外に多い。展示会においても、配布用のチラシを壁面にそのまま貼っていたり、パンフレットの中身をそのまま拡大して壁面に貼っている、という状況を頻繁に目にすることができる。販促空間においては、この前提条件を考慮しているか、していないか、が成果に大きく影響を与えてくることなる。そして、展示会ではこのことが、成果が出ない大きな原因の一つとなっているのだ。
では、このような空間系グラフィックを考えるポイントは何なのか。それが本連載の内容であり、今後具体的にお伝えしていくことになる。今はまず、この「対象物とそれを見る人の目の距離」が、2次元系グラフィックと空間系グラフィックでは違うのだ、ということを理解していてほしい。
空間系グラフィック。実は、この空間系のグラフィックデザインをしっかりとできるデザイナーは今の日本にはあまり多くはない。グラフィックデザイナー自体は、数えきれないくらい多く存在するが、「空間系」の経験値があり、得意とするグラフィックデザイナーは決して多くはない、というのが私の実感だ。そして、空間系グラフィックデザインが得意な人の中でも、本連載のような「販促空間における空間系グラフィック」の考え方まで精通している人は、ほぼいない、と言っても過言ではないのではないだろうか。
本連載は、販促空間に携わるより多くの方を対象としたものではあるが、空間系グラフィックデザイン、特に販促空間における空間系グラフィックデザインの手法に興味を持つグラフィックデザイナーの皆さんにも是非読んでいただきたい内容となっている。全7回。是非ご高覧いただきたい。
※本記事は月刊 「Signs&Displays」 で2025年2月号から8月号までに掲載された記事から転載しております。
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