視点をずらすと、空間も制度も「メディア」になる
神武研究室 「オープンラボ2025」 2日目最初のセッションは、トークセッション⑤ 「メディア・デザイン」 だ。登壇したのは日本テレビの報道局に勤め、テレビ報道の現場から 「ジャーナリズム×生成AI」 を探る矢岡亮一郎さんと、「人とより良い関係性を築くための注意のシステムデザイン」 を研究テーマテーマとしている千木良康子さん、そしてモデレーターには前日のトークセッション① 「システムデザイン・マネジメントとは」 にも登壇したコクヨ株式会社に勤務しながら博士課程で学ぶ 齋藤敦子さんがモデレーターを務めた。
三者三様の現場から、情報が氾濫し生成AIが浸透する時代における 「伝える/受け取る」 の再設計をシステムデザインの視点で問い直した。
自己紹介で齋藤さんが示したのは、二子玉川の 「カタリストBA」 や渋谷ヒカリエの 「Creative Lounge MOV」 など、自身が手がけてきた共創空間の事例。「“仕事をする場”とあえて書かないようにしているんです。誰かに会える、体験がある — その動機こそが、空間がメディアになる瞬間だと思うから」 と持論を訴えた。
情報の運び手を新聞やテレビに限定せず、「場」 や 「仕組み」 そのものをメディアと捉え直す視点を紹介した。

千木良さんは、国内メーカーでのUXデザインや新規事業の仕事を経てドイツに6年半ほど滞在。「日曜は基本的に営業しない」 という “閉店法” の文化に触れ、「注意を奪わない設計」 が生活の質を底上げしている現実に驚いたという。家族と公園を散歩し、消費しない時間を取り戻す社会。結果として、旅行や大きな買い物といった高付加価値の消費に回る余力が生まれる。
「人の注意の配分をどう設計するかが、暮らしと経済の構造を左右する」。その眼差しは選挙のデザインにも及ぶ。ドイツの街に並ぶポスターは政党色とステートメントを前面に、候補名は小さく。「“どんな世界を共に目指すか”の合意を促し、個人の信頼性判断に過度な負荷をかけない。制度が人の認知コストを下げている」。対照的に日本の大音量の連呼や情報過多の街頭は、思考の余白を削っていないか—そんな違和感が、現在の研究 「人の注意資源」 へとつながっていく。

いま彼女が進める研究は二つ。ひとつは、対面相手がスマホで “何をしているか見えないこと” が生む不快を減らす 「注意先を透明化する小型デバイス」 の開発。もうひとつは、誰かと同じ対象・瞬間に注意を合わせることで記憶と感情が高まる 「共同注意」 だ。「友達と一緒に体験している感覚」 をどうデザインできるか、という研究も進めている。
この二つの研究に共通して言えることは 「人とより良い関係性を築くための注意のシステムデザイン」 だという。
生成AI時代の報道は「透明性」をどう設計するか
日本テレビに勤務する矢岡さんは、25年間という長きに渡り報道に携わる中で、アフガニスタンや東南アジアの途上国など、地に足をつけた現場取材を多く行ってきた。なるべく 「地べたを這うように」 一次情報を取ることを大切にしてきたというが、年齢を重ねるにつれて、俯瞰的に物事を捉え、解説する視点の重要性も強く感じるようになり、まさに 「木を見て森を見る」 というSDMの考え方に感銘を受け入学を決意したという。
そんな矢岡さんは、「報道におけるニュースの透明性・信頼性」 を研究テーマに据える。生成AIの使用したコンテンツが世の中に溢れる中、もはや生成AIによって作られたものなのか、またはそうでないかの判断は難しい、矢岡さんは少なくとも 「生成AIを使用した」 ことは開示する必要があると考えているが、「開示すればするほど信頼性が下がってしまうという」 先行研究もあり、「透明性を担保しながら、同時に信頼性も維持することはできないか」 という点に着目して研究を進めている。

そこで、記事の制作過程において 「情報収集にAIを使ったのか」 「ドラフト作成に使ったのか」 「画像生成に使ったのか」 「最終的なファクトチェックに使ったのか」 「あるいは完全にAIが作成したのか」 といったプロセスごとにラベルをつけて開示し、それが視聴者・読者の信頼感にどう影響するかのオンライン調査を行ったという。
調査は政治・スポーツ・災害の3ジャンルで行い、30名とサンプルは少ないものの、「興味深かったのは、AIが一部の工程に関与し、最後に人間が監視している記事は、特に “政治” など記者の偏りが疑われやすい記事において、信頼度を大きく向上させる傾向が見られたことです。」 といい、今後も同様の調査を進めていくという。
「受け手」と「送り手」の関係を考えた設計の重要性
議論が進む中で、話題はメディアの 「受け手」 と 「送り手」 の視点について取り上げられた。これについて矢岡さんは、メディアの多様化が進み、大きな変化として 「送り手」 と 「受け手」 がインタラクティブにやり取りできるようになったこと挙げた。これは、SNSのコメント欄などをはじめ 「受け手」 と 「送り手」 の相互に反応が返り、情報は往還するため、メディアは受け手側の関係性まで含めた設計が必要になることを示唆している。
千木良さんが紹介した 「メディエーション」 は、もともと親が子どもとテレビの間に介入する関わり方を指す研究用語だが、内容に意見を添える、時間や場所を区切る、一緒に視聴する——こうした関与が暴力的表現の模倣を抑えるなどの効果を示してきたという。
対象はテレビからSNSへ広がり、親子が 「共に考える」 スタイルが重視されている。「受け手同士の関係を整え直すことが、結果として “送り手の力学” も変える」。注意の透明化や共同注意は、その実装例でもある。
一方で千木良さんは、「心地よい情報だけに囲まれる 「フィルターバブル」 などは、個人の幸福を高めながら、自分の興味のある情報しか目に入らなくなり、あたかもそれが世の中のすべてであるかのように錯覚させてしまう」。そうした仕組みが二極化を生み、世界規模での分断や対立に繋がってしまっているのではといい、「だからこそ、矢岡さんのようなメディアがこうした状況の中でどう振る舞い、対話を成立させるための共通のコンテキストや議論の土台をどう作っていくのか、どのようなシステムを考えて行くのか、私自身も非常に興味を持っています。」 と意見を述べた。
また齋藤さんもドイツの新聞社が市民に開いた巨大なオープンスペースを例に、取材・編集プロセス自体を見える化し、議論の舞台を 「場」 としてデザインする実践を紹介。「場・制度・関係」 をまたぐ設計こそ、メディアを “情報の通り道” から “関係をつくる装置” へと更新する鍵となることが示された。
情報が溢れる中で求められる正確性
セッションの後半は会場からの質問に答えつつ議論が進んだ。まず田中ウルヴェ京さんが、「信頼 (trust) と信頼性 (reliability)、説明責任 (accountability) はどう関係するのか」 という問いが投げ込まれた。スポーツの現場では 「信頼する」 と 「信用する」 の違いがよく議論されるという。田中さんによると、「信頼」 というのは強い感情が入り込むため怖さを伴うもので、一方の 「信用」 は、相手の能力やスキルを認め、技能に基づき 「任せられる」 と判断することだという。
この問いに対し矢岡さんは、「誰が言っているか (権威・経験)と、何を根拠に言うか (正確性)、それをどう説明するか (責任) を意識的に分けて設計すべき」 としたうえで、「膨大な情報が次々と流れ込んでくる中で、何を信じるかを選ぶ判断基準は、やはり “それが正しいのか” “本当なのか” という点にあるはずです。トラストの要素ももちろん重要ですが、同時に 「アキュラシー (正確性)」 が欠かせないと感じています。情報が正しいかどうか――その一点を見極める視点こそ、今の時代に最も求められているのではないでしょうか。」 と応えた。
さらに、企業でAIを活用した新しい 「部屋探しメディア」 を開発する高橋真さんからは、広告規定とイノベーションの狭間をくぐり抜ける実務の工夫が共有されたほか、「広告」 とのの関係や 「政治や思想のコントロール」 の観点から、メディアのデザインにおける正確性や信頼性を担保するプロセスについての考えを求める質問が挙げられた。
これに対し矢岡さんは、「今は本当に、広告とニュース記事の境界が曖昧になってきています。誰でも発信できる時代になり、ニュース風の体裁を取った広告コンテンツが次々と生まれているのが現状です。しかし本来、ニュースはできる限り平等かつ公平に物事を見て伝えなければならないものです。私たちも広告とは一線を画すつもりで報道を続けてきましたが、その境界が次第に崩れてきていることに、マスメディア側でも強い危機感を抱いています。」 と応じた。
これからのメディアのシステムデザインとは
セッションの締めくくりには、神武教授から 「SDMに所属しているからこそ見えてくる “メディアのシステムデザイン”とは何でしょうか」 という問いが投げかけられた。
これに対し、矢岡さんは 「“木を見て森を見る” という言葉にもありましたが、今はマスメディアと呼ばれる存在だけでなく、誰もが発信者になれる時代です。その中で大切なのは、全体を俯瞰しながら “情報がどのように循環しているのか” を見極めることだと思います。同時に、現代は短時間で情報を消費する傾向が強まっています。だからこそ、一つひとつの情報を再構築し、全体像を描き直す視点が欠かせません。そして、何よりも重要なのは “情報源の正確さ” です。正確な情報をどうすれば人々に届けられるのか。マスメディアの立場から、改めてその仕組みを再構築していきたいと考えています。」 と力強く答えた。
また千木良さんは、「SDMならではの発想でいうと、“かつてマスメディアが持っていた影響力を別の形で再構成できないか” システムとして考えると面白いと思います。かつて12個しかなかったチャンネルが、今では何億というチャンネルが存在する時代になっています。ならば逆に、誰もが一日に必ず行う “歯磨き” のような行為を 「共通の2チャンネル」 と見なし、その時間にだけ触れる “公共メディア” を設計できないでしょうか」 と持論を述べた。
モデレーターの齋藤さんも、本日色々と話題にも出た 「これもメディアだよね」 といっら議論は、誰もが関心を持つテーマだが、それだけでは表層的で浅い議論になってしまう、とした上で、「システムデザインの視点を取り入れることで、メディアをより深く掘り下げたり、要素に分解して再構築することができるのではないかと感じています。今回のオープンラボのテーマである “世の中、システムデザインでなんとかなる” という言葉は、まさに今日の議論を通じて実感することができました。」 とセッションを締めくくった。
生成AIの登場によって、メディアはますます多層的で複雑な存在になりつつある。だが同時に、場や制度、関係そのものを 「メディア」 と捉え直す視点が、情報に埋もれがちな私たちに新しい余白をもたらす。正確さと信頼性をどう担保するか、そして注意や関係をどうデザインするか。答えはまだ見えないが、システムデザインの手法が、その道筋を描き出す有効なツールになり得ることを示したセッションだった。
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 (SDM)
神武直彦研究室「オープンラボ2025:世の中、きっとシステムデザインでなんとかなる!」
https://www.kohtake.sdm.keio.ac.jp/openlab2025/
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 (SDM) 神武直彦研究室https://www.kohtake.sdm.keio.ac.jp/