将来を案ずる現場クリエイター
デジタルクリエイティブに特化した業界団体である一般社団法人I.C.E.(読み:アイス)は、キャリアセミナーイベントを東京・スペース中目黒にて開催。同団体が実施したキャリアに関する調査では、9割近くのスタッフがキャリアへの不安を感じており、7割を超えて「明確なキャリアプランがない」といいます。これは他業界と比べ厳しい数字です。常に過渡期と言われるデジタルクリエイティブ業界のなかで、どのように仕事に向き合い、キャリアを築いていくべきか。イベントで語られた売れっ子クリエイターの思考法やノウハウ、AI時代に選ばれる人材となるためのティップスを本記事にて紹介させていただきます。
バイアスを外した攻略ルートを見つける
「隠れ節目祝いbyよなよなエール」「ボードゲームホテル」といったユニークなプランニングで話題を浚ってきた株式会社ブルーパドル代表の佐藤ねじ氏は、自身の仕事への向き合い方について “ゲーム攻略” を例えに口火を切りました。同氏によると、ゲーム攻略は「やるべきことをどう埋めていくか」というタスク配分が基本といいます。その上で、ゲームに隠しコマンドやグリッジといった
“抜け道” があるように、仕事上でもやりたいことを達成するための順当な選択肢ではなく “抜け道” であるプラン「C」を考える癖がついていると自身について語られました。
ブルーパドル設立前、面白法人カヤックにデザイナーとして中途入社した同氏でしたが、当時ディレクター職に分業されていた「企画」にも携わることができるようにと行動したのは、なんと「リクルーティング」。社内に活躍人材を引き込み最高のチームをつくり上げるその活動が経営層に喜ばれたことで、自由度が高まったと同氏は語ります。集められたメンバーのハブとしても機能していることから、仕事上の役割も広げていけたのでしょう。そのように “バイアスを外したときに上手くいく” ことが多いと語った佐藤ねじ氏。企画においてもキャリアにおいても、その持ち味を評価され続けている仕事の極意を垣間見ることができました。
株式会社ブルーパドル 代表/プランナー、クリエイティブディレクター
1982年生まれ。面白法人カヤックを経て、2016年ブルーパドルを設立。代表作に「隠れ節目祝いbyよなよなエール」「ボードゲームホテル」「アルトタスカル」「0歳ボドゲ」「佐久市リモート市役所」「小1起業家」「劣化するWEB」など。著書に「子育てブレスト」(小学館)など。主な受賞歴に、ACCゴールド、キッズデザイン賞、文化庁メディア芸術祭・審査員推薦作品、グッドデザイン賞BEST100など。
どうせ好きなら圧倒的オタクであれ
対して、同じくゲスト登壇した空間デザイナーの佐藤哲也氏は、情熱で突き進んできたキャリアであったと自身を振り返ります。誰もが知る国内外テーマパークやアトラクション、万博などの大規模国際イベント、商業・エンタメ施設のデザインを手掛けてきた同氏は「キャリアに計画性はありません」とバッサリ。幼少期に万博のパビリオンに魅了された原体験から、好きなものを突き詰めていればいつか道は開けると信じ、初めに目指したのはアトラクションやパビリオンの「超オタク」であったそうです。会社は「手段」であり、目的は「自分の好きなことをどうすれば実現できるのか」に尽きる。会場に集ったみなさんは、その言葉に共感するような眼差しで見つめていました。
両氏それぞれのスタンスはありつつ、共通するのは、通例とは異なる道筋であっても自分が振り切れる向き合い方を選択すること。つまり、自らの行動の源泉を理解することのように感じられました。
ソニーマーケティング株式会社 クリエイティブディレクター/空間デザイナー
1981年生まれ。北海道出身。東京大学大学院新領域創成科学研究科卒業。2012年Walt Disney Company Japan入社、2015年Curiosity, Inc起業、2017年より現職。国内外テーマパークやアトラクション、2020年ドバイ万博や2025年関西・大阪万博など大規模な国際イベント、水族館や博物館など、商業・エンタメ施設を多く手掛ける。現職では、社内外の最新技術で新しい体験をデザイン。「原体験を創り出す」ことがモットー。
悩みも怒りも解決に導く超メモ術
佐藤哲也氏は「僕は今でも、アトラクションに乗った後にテーマパーク内でパソコンをカタカタしちゃうヤバいやつです(笑)」とそのオタクぶりをユニークに語りましたが、心が揺さぶられたその瞬間にしかできない「メモ」が、感動を生むアトラクションやパビリオンのクリエイションに役立っているようです。
2016年に「超ノート術 成果を10倍にするメモの書き方」(日経BP)を出版された佐藤ねじ氏も同様に「メモ」の力を語り、語気を強めました。同氏は「悩み」も「怒り」もひとつの課題とし、その課題をメモで解決していくそうです。「僕は毎朝メモを取っていて。悩みを案件化しています。メモで悩みを整理していき、タスクとか発想に変えると、悩みのほとんどは消えてしまうんです。悩みを考える時間はスケジュールに入れてしまい、悩むのはこの時間と決めてしまいます。怒りに関しては、さらに点数化することで冷静になったり、書くことでスッキリしたりしてしまうこともあります。すべては脳の状態を良くするためにやっていて、モヤモヤが残っていると集中できないので、メモすることで一旦そこに置いておく感覚でいます」(佐藤ねじ氏)
喜びや感動を湧き起こすための「メモ」、負の感情に支配されないための「メモ」。それぞれの活用法は明日からでも役立てられそうです。
進むAIの利活用。AIに問う自分の在り方、必要とされる意思
イベントの前半には、一般社団法人I.C.E.が公益社団法人日本広告制作協会(OAC)と取り組んだAI時代のキャリアに関する調査データの考察も展開。なかでも意外な結果となったのはクリエイターのほとんどはAIの台頭を好機と捉えていることでした(調査ではポジティブと捉える方が8割近くに及んだ)。実務的にもブレインワークに集中できる時間が増え、さらにキャリア形成に関して皆口を揃えて語るのは、AIは実用的な学びの相棒になるということでした。クリエイティブ制作の専門性を深める、または隣接領域を広げるサポート役として既に役立てられていると、データ考察に登壇した株式会社フォーク 代表取締役社長佐藤剛氏、株式会社D2C ID 取締役社長(※現在:株式会社D2C 執行役員)の山口浩健氏、株式会社ナディア 取締役 CCO小川丈人氏は、マネジメントの実際を話しました。
イベント後半にてゲスト登壇した佐藤哲也氏も、「自分が何者か、適正を見出す前に何かをやりたいと思ったとき、ハードルを下げてくれる道具としてAIは機能してくれる。自分がどう在りたいかを決めるのにはいいツールだ」と語りました。これは、天性の才能をもつクリエイターだけがこれからを生き延びていけるのではなく、挑戦はより気軽で等しいものへとなったことで、誰もが活躍人材となり得る可能性を秘めているとも言えそうです。
一方で、ナディアの小川丈人氏は、AI活用によりコミュニケーションスキルとディレクション能力の重要度が増したといいます。採用面接では、秀逸なエントリーシートと面接での印象の違いに驚くこともしばしばあるとの実情も話し、ある程度のところまではAIがサポートしてくれる状況下で、意思や目的といったコアが人の内面に確立していなければ、人材育成の観点でも学習機会が奪われるなど弊害が起きてしまうと指摘しました。
I.C.E.では今後も、デジタルクリエイティブ業界で働く方々がすぐに活かせる情報発信をおこなってまいります。イベントの様子をより詳しくご覧になりたい方は以下より活動報告レポートをご覧ください。
I.C.E.セミナー ~奪われるか、ともに創るか。選ばれるクリエイターへの第一歩~『AI時代のキャリア戦略』
一般社団法人Interactive Communication Experts (I.C.E.)
「各社が切磋琢磨しつつも、協力関係を築き、デジタルクリエイティブ業界の発展に貢献する」ことを運営理念とし、人材教育・育成/有益な情報の共有と発信/ルールの整備・確立/他業界(団体)との連携に取り組む業界団体。
https://i-c-e.jp/ (Website)
https://x.com/ice_association (X)