2025年、Interop
Tokyoの会場でひときわ注目を集めていたのが、「Internet×Space Summit」
のエリアだ。3年前に始まったこの取り組みで、1年目には通信インフラ関係者が集い、2年目となった昨年は月面でのエネルギー生成やロボット探査など宇宙での通信の 「使い手」 へと広げ、今回の開催では通信はあくまで
“伝送の手段” と捉え、宇宙におけるデータを 「処理し」 「蓄積し」
「活用可能な形にする」 ことを具体化し、ソフトウェアやデータ活用に強い企業や技術者を対象にさまざまな取り組みが紹介された。
また、Interop
Tokyoの基調講演においても、Internet×Space Summit特別セッション 「デジタルインフラを宇宙に広げるために我々が考えるべきこと」
が行われ、インターネットという地球上の技術が宇宙へと拡張される時代において、どのような視点で未来を設計すべきか、異なる立場から宇宙開発に携わる3名の専門家が登壇し、議論が交わされた。本記事ではこのセッションの様子をレポートしたい。
登壇者は、米国ワシントン D.C. を拠点にIPNSIGのPresidentとして活動する金子洋介氏、「有人与圧ローバが拓く〝月面社会″勉強会」 の事務局を担っていたトヨタ自動車の片岡史憲氏、研究者や宇宙政策に関わる委員など様々な役割で国内外の宇宙開発を先導する慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科の神武直彦氏、それぞれの立場から 「宇宙×デジタルインフラ」
の最新動向や描いているビジョンを語った。モデレーターは、Interop Tokyo 実行委員長の慶應義塾大学の村井純氏が務めた。

持続可能な宇宙活動を支える「惑星間インターネット」の構築
村井:皆さん、こんにちは。ここからの時間は 「Internet×Space Summit 特別パネルセッション デジタルインフラを宇宙に広げるために我々が考えるべきこと」
をお届けします。本パネルでは、宇宙分野に精通した専門家の皆さんとともに、最新動向を踏まえながら議論を深めていきます。まずは金子さんからお願いします。
金子:皆さんこんにちは。IPNSIGの金子です。「アルテミス計画」
をご存じかと思いますが、これはアポロ計画以来、半世紀ぶりに人類が月を目指すプロジェクトで、さらにその先に火星探査も視野に入れた 「月から火星へ」 とつながる壮大な構想です。また今回は、「月にただ降りる」
だけでなく、人が長期滞在できるインフラの整備も視野に入れている点が、アポロ計画との大きな違いです。
一方、中国も有人月面着陸を積極的に進めており、アメリカ政府はそれより先に月に到達することを重要な目標に据え、ロケットや宇宙船の開発を国主導ではなく、民間と連携して進める方針を打ち出しています。火星についても、「アメリカ人が初めて火星に着陸する」
という目標が掲げられ、投資を強化しようとしています。またこうした中、私がIPNSIGで取り組んでいるのは、これまでの地上と宇宙機をつなぐポイント・トゥ・ポイント通信から脱却し、持続可能な宇宙活動を支える新たな通信インフラ「惑星間インターネット」の構築です。将来、月面で宇宙飛行士やロボットが活動し、生活環境やエネルギープラントなどのインフラが整備されていく中で、膨大なデータをどのように収集・処理し、地球に送信するかという仕組みです。地球と月、さらにその先を一つのデジタル圏として捉えることで、新たな未来像が見えてくるのではないかと考えていますので、ぜひ引き続き
「Internet×Space Summit」 の中でも議論していきたいと思いますので、よろしくお願いします。

“月面社会”を前提に描く、有人与圧ローバの実証開発戦略
村井:ありがとうございます。続きましてトヨタ自動車の片岡さん、月面社会勉強会の取り組みなどについてご紹介いただけますか。
片岡:トヨタ自動車の片岡です。入社以来、ランドクルーザーやロボット宇宙飛行士
「KIROBO」 の開発・製品企画などを担当してきました。近年はJAXA・三菱重工と連携して
「有人与圧ローバが拓く〝月面社会″勉強会」 の幹事も担当していました。この勉強会には120社以上が参加しており、宇宙関連企業からスタートアップ、私たちのような非宇宙業界の企業まで幅広い顔ぶれが揃っています。宇宙とは無縁だった企業も、自分たちにできることを模索し、学びを深めているところです。
「有人与圧ローバ」 は月面での移動や作業を担う機材ですが、月面社会では人が暮らすことを前提としたモノやサービスが必要となるため、「移動型の月面基地」
として重要な役割を担うと考えています。さらに水資源の探査や、再生可能エネルギーによる水素社会の実現も、大きなテーマとして捉えています。月面は今後の技術開発にとって、非常に重要な実証の場になると考えています。

月面社会を支える基盤づくりと日本の持つポテンシャル
神武:神武です。私はもともとJAXAで宇宙開発に携わり、現在は慶應大でシステムズエンジニアリングやデザイン思考を基盤とした「システムデザイン・マネジメント」の教育・研究に取り組んでいます。またロケットや衛星、宇宙ステーションといった宇宙開発に関する様々な専門家と連携し、月面にどれだけの資材を送れるか、そしてどのような活動が可能になるのかについて、具体的な検討を進めています。
検討を進めるにあたって重要なことは、単に物資を月面に運ぶことだけではなく、「誰が、いつから、どのように生活していくのか?」
といったシナリオの設定と、それにもとづくシステムの設計が不可欠です。これは宇宙の専門家だけでは対応しきれない領域です。地球で当たり前にできることも、月面では困難なことも多々あります。その反対のこともあるでしょう。例えば、月面での作業はロボットなどの機械に担わせることも多いでしょうから、計算処理の高いリアルタイム性や通信の安定性などを考慮した環境が必要になるでしょう。現在、世界中で大規模通信、AI、計算能力の技術が急速に進化しており、これらの技術が月面社会を支える基盤になると確信しています。
また、「月面に行こう」 という機運が高まる中、民間や研究機関が宇宙ビジネスの中心的な役割を担えるようにすることを目的とした
「宇宙戦略基金」 に対して、総額1兆円程度の政府予算が投じられてきています。例えば、私たちが地球の日常で利用しているGPSや準天頂衛星システム「みちびき」といった測位衛星を活用した高精度な即位を月面でどのように実現するかといった議論も進められており、日本が世界の宇宙ビジネスの領域でリーダーシップを発揮する好機が訪れていると感じています。

宇宙を「自分ごと」にするために─求められる“仲間”の存在
ディスカッション終盤では、村井氏が 「宇宙を開拓するとは、まさに現代における“フロンティア・スピリット”の体現ではないか」
と問いかけた。かつて馬や蒸気機関が新天地を切り拓いたように、いまその役割を担うのは、ロボットや通信、AIなどのデジタル技術だという。
最後に来場者へのメッセージを求められた片岡氏は、「ぜひ一緒に仲間になって欲しい」 と会場に呼びかけ、「宇宙開発には特定の技術だけでなく、多様な視点が必要です。皆さんの仕事にも、月面で活かせる可能性が必ずあるはずです。」
と強調した。神武氏もまた、「日本人が持つ月に対する繊細な感性が、月面での“ウェルビーイング”の実現につながるのではないかと感じている。」 と語り、単なる技術開発だけでなく、日本が主導的な立場に立ち月面における新たな文化を創出していくことに期待を寄せた。そして金子氏は、「かつて存在しなかったインターネットが、Interopのような場から生まれたように、宇宙でも新しい未来を創ることができる。」 と述べ、「Internet×Space Summit」 への継続的な参加を呼びかけた。
本セッションでは、宇宙、月面社会の構築に向けては、インターネットやロボット、エネルギー技術など、地上で培われた知見をどのように活かすかという視点と、宇宙開発を
「一部の専門家の仕事」 と切り離すのではなく、地球の暮らしと地続きのものとして捉える重要性が議論された。
宇宙開発はもはや“夢”ではなく、現実としてのインフラ設計、サービス展開から文化構築までが求められている。そしてそこでは宇宙産業に属する限られた人々だけではなく、誰もが“仲間”として参加できる可能性がある。「自社の技術やサービスが月面でどう使われるか」
を想像してみる。そんな気付きを与えてくれる機会となった。

Interop Tokyo 特別企画 「Internet×Space Summit」 https://www.interop.jp/2025/exhibition/spacesummit/
Interop Tokyo
2025
会期:2025年6月11日(水)~13日(金)
会場:幕張メッセ(国際展示場 展示ホール4~8 / 国際会議場)
主催:Interop Tokyo 実行委員会
運営:(一財)インターネット協会 / (株)ナノオプト・メディア
公式ホームページ
https://www.interop.jp/