2025年7月11日(金)・12日(土)、東京・中目黒の 「スペース中目黒」 で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM) 神武直彦研究室による「オープンラボ2025:世の中、きっとシステムデザインでなんとかなる!」が開催された。学生や教員、修了生、企業や自治体の関係者、さらには小中高生までが集い、世代を超えにぎやかな雰囲気の中行われた。
SDM研究科は、技術・社会・人の関係を“システム”としてとらえ、複雑な課題をデザインとマネジメントの力で解決していくことを目指す大学院。システムズエンジニアリングやデザイン思考、プロジェクトマネジメントを基盤に、文理や世代を越えた多様な人々が集まり、現実社会に新しい価値を生み出す実践的な研究・教育を行っている。
本特集では、2日間で行われた8つのトークセッションを一つずつ取り上げ、現場で交わされたリアルな言葉や気づきを紹介していく。
特集:慶應SDM神武研究室 「オープンラボ2025」 開催レポートhttps://finders.me/series/kqJTU8QICbtvF0wYpZU/
終わりを見据えてシステムを構築するSDMの概念
オープニングに続く最初のセッションは 「システムデザイン・マネジメントとは」。司会の大野さんが 「このセッションは“その一”。まずはFail Fastでいきましょう」 とコメントすると登壇者が笑顔で着席した。モデレーターを務めた神武直彦教授も 「途中でご質問やコメントがあれば、ぜひ気軽に」 と自由な空気をつくり、まずは登壇者の紹介と自己紹介が行われた。
神武教授はまず 西野瑛彦さんを 「学部時代から研究室に顔を出し、修士課程から入学され、博士、教員へと進んだ“生粋のSDMっ子”」 と紹介。神武教授が5つ質問を考えると “同じ5つ” を西野さんも思いつく —— そんな息の合い方だという西野さんは 「地理空間情報、とりわけ衛星データや位置情報の分析が専門です。防災の研究に加え、小中高生にSDMの考え方を伝える教育活動もしています」 と自己紹介した。
次にコクヨ株式会社に勤務しながら修士課程から入学され、博士課程に進んだ 齋藤敦子さん。「デザイン分野の出身です。空間を設計しても人が変わらない—そんなもどかしさから、より広い視野で研究したくてSDMへ来ました。実務と研究の間で、共創の場づくりに挑んでいます」。と自己紹介、神武教授からも実は10年来の友人だったが、いまは“学生と教員”として向き合っていることが明かされた。
続いて神武教授は、「皆さん、そもそも“システム”とは何でしょうか? 学生の皆さんもいらっしゃいますし、中学生や高校生もいますね」 と切り出した。
「システムとは『目的を持ち、複数の要素で構成され、その要素同士が相互作用することで目的を達成する仕組み』のことです。 たとえば自動車の目的は “移動すること”。エンジン、タイヤ、ハンドル、ボディ…部品がバラバラに存在していても意味がありません。エンジンが回転し、それがタイヤに伝わり、タイヤが地面と摩擦することで車が前進する。複数の要素が連携することで目的が達成されるのです」。
「また、システムは他のシステムの一部にもなります。これを 「システム・オブ・システムズ」 と呼びます。自動車を含むより大きなシステムとして、たとえば 「スマートモビリティ」 といった自由に移動できる社会を目指す中で、自動車だけでなく、パーソナルモビリティや公共交通機関なども組み合わせてシステムを考えます。」とし、「対象とするシステムは何で構成されているのか」 「どのように相互作用しているのか」 「目的は何か」 といった視点の重要性に触れた。
システムエンジニアリングの考え方を適用した取り組みの代表事例とされる 「アポロ計画」 が、宇宙船や機器だけでなく、家族のメンタルケアなども含めた広範なシステムの設計があってこそ、人類初の月面着陸が実現したことを例に挙げ、「システムの 『着想』 から 『設計』『製造』『運用』『廃棄』に至るまでの全ライフサイクルを視野に入れたアプローチを重視しています。終わりを見据えて始める、という姿勢が重要なのです。」 と解説した。
さらに神武教授は、評価に相当するベリフィケーションとバリデーションの2つの考え方についても紹介し、「決められたこと通りに実現できているか?(Do the thing right?)」を確認するベリフィケーション(Verification)と「利用者や顧客が欲しいと思っているものを実現できているか?(Do the right thing?)」 を確認するバリデーション(Validation)の両方の視点を常に持って常に評価をすることが価値のあることをするには重要だと述べた。これをSDMでは "V&V" とよく言っているという。
現場の課題を肌で感じる“テーラーメイド”設計の大切さ
続いて、西野さんがこうしたSDMの考え方を応用した研究事例を紹介。「私は大規模自然災害時の早期警報システムに取り組んできました。地震などで地上の通信インフラが損傷しても、人工衛星から直接、地上に信号を送ることで必要な情報をいち早く届ける仕組みです」。日本の準天頂衛星を活用した国内の実装経験を土台に、「アジア・オセアニアへの展開を視野に、タイやオーストラリアで実証を行っています」 と続ける。
西野さんが強調したのは“テーラーメイド”という言葉だった。「同じ森林火災でも、タイでは国立公園で火災現場に急行するレンジャー、オーストラリアでは都市部の火災に対応する市民ボランティア。相手も状況も違うので、制度や文化、運用を含めて仕組みを合わせにいく必要があります」。
メッセージを誰にどう届けるか、受け手の状況に応じた使い勝手や運用ルールはどうあるべきか。現場の声を聞き直し、試作して確かめ、また直す。ネパールで 「地震を検知する前提システムが未整備」 と指摘された経験は、その姿勢をより確かなものにした。「仕組みが良くても、動かす前提が整っていなければ活きない。技術だけでなく、人と制度、運用を含めた“総体”として設計しなければいけません」。
さらに現在では、現地の防災機関や大学と連携し、実証から実運用フェーズへどう橋渡しするかを検討中だという。「早く、確実に、届く」 を担保する技術の磨き込みと、現場の “使い心地” をすり合わせるデザインの両輪。西野さんの事例は、SDMの重視するV&Vの概念 “設計どおりにつくれているか” と “そもそも作るべきものか” を、実務に落とし込んだ事例だと言える。
一方で、「オープンイノベーション」 を研究テーマに、人を起点に個人がもつ関心や特性を活かした「ナラティブダイアログシステム」というアプローチに取り組んでいる齋藤さん。その背景には、現場で繰り返し出会う“続かない協働”があるという。カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーなどは、技術革新だけではなく社会変革も求められ、分野横断の協働が不可欠である。だが、部署異動などにより活動から離脱してしまう人も多いという。
齋藤さんは、「こうした “コラボレーションがうまくいかない構造” には共通するパターンがあり、その根本には個人の“メンタルモデル”が関係しているのではないかと考え、研究を進めています。」 といい、個人の関心地形を描き、異なる関心を持つ人との対話で共通目的やそれを支える動機を発見するアプローチを探る。実務と研究を行き来しながら約1年かけて実証データを収集し、国内ジャーナルで成果の一部を公表。所属企業の株式会社コクヨの仕事とも連携しながら、組織の垣根を超えたオープンイノベーションの課題解決に取り組む。
15年の歳月をかけて培われてきた神武研究室の“シャケ文化”
続いて、神武教授から異分野協働の難しさや、苦労したことについて問われると、齋藤さんは 「SDMはまさに学生も教員も異分野融合で、最初は毎日、脳が混乱気味でした。今日はこの思考、明日は別の思考というふうに、使う回路が切り替わる。自分の思考の癖をいったん白紙に戻す時間が必要でした」 と率直に振り返った。
一方、西野さんは 「理学・工学・人文社会科学の間では、共通する基礎がある一方で、やはり言語やアプローチがまったく異なります。その違いに直面したときは、正直なところ、難しさを感じました」 というものの、タイをはじめとした海外での研究の経験から、現場に行き、人と対話することの大切さを強く感じるようになったという。
質疑応答では、さまざまなプロジェクトで神武研究室とのメンバーとも関わりが深いGLODAL代表取締役の宮崎浩之さんが 「世の中にあるシステムを、SDMは壊すのか、それともより良くするのか」 と問いを投げた。
これに対し西野さんは 「あらゆるものは相互に影響し合うシステム。構造を正しく理解し、必要があれば再設計する——それが“デザイン”だと思います」 と応じ、齋藤さんは 「誰がデザインするのかが問われています。都市や組織のような大きなシステムは、もはや専門家だけのものではない。関わる全員が主体的に関わる“共創”が必要です」と続けた。
また、神武教授は 「目的から逆算して最適な手段を選ぶのがSDM。自作にこだわらず、既存のものを組み合わせて価値を生むのも立派な設計です」 とまとめた。
さらに、SDMの専任教員として4月から着任した水門善之准教授が 「異分野協働で見えた変化は」 と問うと、齋藤さんは 「普段使わない分析手法に触れることで研究の再定義が起きた」 と答え、西野さんは 「現場に行き、言葉を交わすことが研究と社会をつなぐ鍵」 と重ねた。
話題はやがて“グローカル”に及び、SNSが世界と日常を直結させる時代における判断のむずかしさへ。西野さんは 「日々、構造と自分の位置を意識し、判断を問い直す態度こそがSDMの価値だと感じます」 と結んだ。
印象的だったのは、東京学芸大学附属高校1年の山野寺俊太さんの質問だ。「なぜ神武研究室を選ばれたのですか」 との問いに西野さんは 「学部では天文学、ブラックホールを研究していました。東日本大震災を経験し、宇宙の視点で地球を見ることが暮らしや社会につながると感じました。専門を生かしながら視野を広げられる場としてSDMへ」 と答え、神武教授も 「毎週月曜のセミナーにもぜひ来て下さい」 と声をかけた。
最後に、神武教授は研究室の特徴として意識していることに、「領域の多様性」 を挙げた。一般的な大学の研究室は、似た領域のメンバーが集まり、前年の研究を深掘りするような形で論文を書くことが多いが、SDMでは既存研究の延長ではなく 「どんな問題を扱うか」 という問題設定自体を重視しているという。
「時には論文提出の1ヶ月前にようやく問題設定が明確になる学生もいますが、自分で決めたテーマで走り切るという経験は非常に重要です」 と言うが、研究の課程では孤独に苦しむ学生もおり、異なる分野のメンバーとチームを組んで議論したり、メンタリングしたりする 「スペシャルインタレストグループ(SIG)」 の形成や、週次のミーティングや月1回の博士研究セミナーなど、継続的にコミュニケーションをとる仕組みも整えている。
さらに神武研究室を象徴するような修了生がまた戻ってくるという “シャケ文化” により、追い込み期の合宿、そして修了生が戻って後輩を助けることもあるという。
まさに神武研究室自体が、人を支える仕組みとして、システムデザインされていることを感じることができたセッションであった。
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慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 (SDM)
神武直彦研究室「オープンラボ2025:世の中、きっとシステムデザインでなんとかなる!」
https://www.kohtake.sdm.keio.ac.jp/openlab2025/
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 (SDM) 神武直彦研究室https://www.kohtake.sdm.keio.ac.jp/