CAREER | 2025/10/22

人のつながりをデザインする
「伝える」を実践する修了生の方法論
「修了生対談」

特集:慶應SDM神武研究室「オープンラボ2025」開催レポート
2025年7月11日・12日、スペース中目黒にて開催

文・構成:カトウワタル(FINDERS編集部) 写真:菅 健太(株式会社DALIFILMS )

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2025年7月11日(金)・12日(土)、東京・中目黒の 「スペース中目黒」 で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM) 神武直彦研究室による「オープンラボ2025:世の中、きっとシステムデザインでなんとかなる!」が開催された。学生や教員、修了生、企業や自治体の関係者、さらには小中高生までが集い、世代を超えにぎやかな雰囲気の中行われた。

SDM研究科は、技術・社会・人の関係を“システム”としてとらえ、複雑な課題をデザインとマネジメントの力で解決していくことを目指す大学院。システムズエンジニアリングやデザイン思考、プロジェクトマネジメントを基盤に、文理や世代を越えた多様な人々が集まり、現実社会に新しい価値を生み出す実践的な研究・教育を行っている。

本特集では、2日間で行われた8つのトークセッションを一つずつ取り上げ、現場で交わされたリアルな言葉や気づきを紹介していく。  

特集:慶應SDM神武研究室 「オープンラボ2025」 開催レポートhttps://finders.me/series/kqJTU8QICbtvF0wYpZU

「伝える」ことを軸にキャリアを再構築

オープンラボ初日の最後に行われたのはトークセッション 「修了生対談」。モデレーターを務めた西野瑛彦特任教員は本セッションのテーマ 「人のつながりのシステムデザイン」 に触れ登壇者を紹介した。登壇したのはいずれも社会人として入学し、神武研究室で学びを深めた修了生の3人。

誰もが知っているような有名雑誌の編集部から独立してフリーランスのエディターからエッセイ執筆などを手がけている池田美樹さん、食の現場と教育をつなぐコンテンツを手がける須賀智子さん、街区公園の活用や企業と研究の橋渡しに奔走する岡部祥司さん。共通点は 「伝える」 を核に据え、人と人の間に立ちさまざまな関係を築いている。西野さんは 「本質は “人に何かを伝える” 行為にある」 と切り出し、「お三方はその最前線に立ってきた人たちです」 と紹介し、それぞれ神武研究室に入った経緯についてのコメントと自己紹介を促した。

口火を切ったのは2018年度修了の池田美樹さん。二十余年にわたり『anan』『Hanako』『クロワッサン』『POPEYE』『BRUTUS』などを抱える出版社で編集を務めた後、50歳でSDMに入学。「雑誌が思うように売れない時代に、私の手腕で業界全体は支えられない。ならば一度キャリアを解体して、要素に分解して組み直したかったんです」 と語る。

入学後ほどなくして退職し、二年間フルコミットで学びに没頭。「大学院ってこんなに面白いのか、と。修了後は世界一周の船に乗り、今はフリーのエディターと『如月サラ』名義のエッセイストを並走しています」 と笑った。取材対象の価値を社会へ翻訳して届ける編集者の感性に、SDMで身につけた構造化・言語化の技法が重なり、活動の幅は一段と広がった。

フリーのエディターやエッセイストとして活躍する池田美樹さん

続いて、2019年度修了の須賀智子さん。外資系広告会社でメディアプランニングを担ったのち、料理通信社へ。「生産者、料理人、消費者をつなぐ“食のメディア”に身を置くほど、食が医療や健康、気候変動など多層に結びついていると痛感しました。分野横断で課題に向き合うにはSDMのアプローチが必要だと考えました」 と振り返る。

修了後は 「食×ESD (持続可能な社会のための教育)」 に舵を切り、学校と連携した授業や教材づくりを推進。編集と執筆に携わったThink the Earth制作のあおいほしのあおいうみは、日々の食卓を起点に海や地球を学ぶ入門書としてワークショップや総合学習で活用が進む。「“食べる” は誰もが毎日向き合う行為。だからこそ “リアルメディア” として、人と人、地域と世界を結ぶ力があると感じています」 と語った。尚、徳島県神山町の教育NPOにも理事として参画し、畑や台所を教室へ拡張する実践も重ねている。

「食×ESD」 を軸に活動する須賀智子さん

2023年度修了の岡部祥司さんは、ウェブシステムの制作をてがける株式会社アップテラスと株式会社スキマデザインラボの2社の代表のほか、複数のNPOや企業の外部顧問を務める。研究室には 「神武先生と顧問を務めるスノーピークをつなげたご縁が入学のきっかけでした。当初『誰かがSDMに行ったほうがいいよね?』と話していたら、気づけば自分が行くことになっていた」 と笑う。

研究テーマは身近な 「街区公園」。2,000平方メートル前後の小さな公園を、公共と民間の力で再設計し、地域の学びや交流を生む場に変えていく。「現場で議論したり行政と交渉したりする時、相手の認識・発言・事実を切り分け、利害や前提を整理していく。雰囲気や勢いではなく、論点を構造化して共有する。その作法をSDMで得ました」 と語る。修了後は横浜市と包括連携協定を結び、NPOとして実証の場を広げている。

会社経営のほか、企業の外部顧問やNPOの代表も務める岡部祥司さん

西野さんは途中、慶應の小学校から大学院までを横断する 「X-ship Camp」 や、小中学生がシステム思考やデザイン思考を学ぶ 「KEIO WIZARD (JST次世代人材育成事業)」 などの活動にも触れ、「世代や分野を超えて “つながり” を設計するのがSDMの醍醐味です。今日も小学生から企業の方まで、多様なオーディエンスが同じ話題を共有しています」 と、学びが一方通行ではなく、年齢も経験も越境しながら往復する。その循環こそが “つながり” の母体になると説いた。

「感覚では通用しない」 壁の越え方

そしてセッションは、「皆さんは研究の過程で “感覚だけでは通用しない壁” に直面したはずだと思いますが、事実と論理で裏づけるその局面をどう乗り越えたのですか?」 という神武教授の問いかけから一気に核心へと迫っていった。

池田さんは、痛みを伴う変化を隠さず語った。「ジャーナリズムの文章と論文はまったく別物でした。『私がそう思うから』では通らない。『その根拠は?』と問われ続け、正直何度も泣きました。でも “ホワイ(なぜ)に忠実である” と決めてから、頭がだんだんほぐれていった。『ではどういうアプローチがあるのか』『シナリオA、B、Cは何か』と考えられるようになったんです」 と語った。その変化は、朝日新聞のウェブメディアSDGs ACTION!で年間50人以上にインタビューする現在の仕事に直結している。「相手が今どの段階で何に取り組んでいるのかを立体で把握できる。『この会社はシステム思考で施策を打っているな』『この人はデザイン思考の手法で動いているな』と俯瞰して聴けるから、相手も心を開いてくれる。エッセイも “読者の感情の流れ” を設計してから書くようになりました」 と続けた。

岡部さんは、「年齢を重ねるほど成功体験が邪魔をする。恥をかいたり『できない』と言えなくなるんです。実行に没頭して当事者化し、手段が目的化する。それに気づき、素直さを取り戻すのが出発点でした」 と振り返りつつも、SDMに入ったことで、相手の認識・発言・事実を切り分け、場にいる多様な利害を整理する力が鍛えられたという。「雰囲気で押すのではなく、論点を構造化し、必要な専門家とつながる。現場交渉の質が変わりました」 とまとめた。

須賀さんは、学びが語り方の質を変えたと明かす。「もともと論理立てて話すのが得意ではありませんでしたが、研究を通じて、相手が理解しやすい順序で伝え、逆算で道筋を描く感覚を得ました。『食の学び』を授業に落とす時も、まず “なぜ今それが必要か” を確認し、教師と子ども、地域の生産者それぞれの関心を可視化する。そうして設計したワークは、現場での手応えがまったく違います」 と話す。Think the Earthと制作した書籍は、食卓から海へ、日常から地球規模の課題へと、子どもたちの視野を自然にスライドさせる。「知識の暗記ではなく、つながりの実感へ導くことが目的です。だからこそ、並べ方と言葉の順序に細心の注意を払っています」 と語った。

会場からの質問に応じ、三人はそれぞれ “可視化” と “関係性” の重要性にも言及した。池田さんは 「“なんとなく始まって、なんとなく終わった” ということをしなくなりました。『誰に、何を、なぜ届けるのか』『その先どうなってほしいのか』を言語化し、関係者全員で合意する。骨格を先に描くことで、現場の判断がぶれにくくなる」 と語り、岡部さんは 「関係が冷えている時は、まず人間関係から整える。合意の土台がないまま手段を積み重ねても、システムは立ち上がらない」 と続けた。西野さんも 「理解しに行く姿勢と言語化する力は、SDMの核心です。相手の価値観に寄り添い、異なる価値を翻訳してつなぐ作法そのものです」 と総括した。

SDM修了生が語る未来へのチャレンジ

セッション最後のトピックは 「これから」。SDMでの学びから得た知見を活かした未来へのチャレンジについて修了生の3人が思いを語った。

岡部さんは、ソーシャルの価値とビジネスの論理を両立させる挑戦を掲げた。「短期利益に偏った資本の論理が、本来やりたいことを阻む場面を見てきました。一方でソーシャルには面白い芽がたくさんある。その乖離を埋め、持続可能な仕組みとして根付かせたい」 と語り、具体例として、慶應の初等部とスノーピークらと進める屋外学習の研究実装を、地域・企業・学校をつなぐモデルへ育てる構想を綴った。さらに、「学びは体験の中で生まれる。だからこそ、企業の技術やアウトドアの知見を教育へ繋ぎ、教育の気づきを事業へ戻す循環を作りたい」 と締めくくった。

須賀さんは 「食の教育化」 をさらに推し進める。「食をレンズにすると社会の動きが見える。その気づきを多くの人に手渡すために、教材や授業の形に落とし、共に実践する仲間を増やしたい。生産現場と食卓の距離を縮め、“いただきます” に具体的な顔を宿らせる。食そのものが“リアルメディア”として機能することを、地道な実装で明らかにしていきたい」 と思いを語った。

池田さんは、書く力を民主化するプログラムづくりを口にした。「泉大津市の図書館から『エッセイの書き出し』ワークショップを依頼され、SDMで学んだ方法で設計しています。情報が洪水のように流れる時代だからこそ “自分の言葉を持つこと” が問われている。研究論文でも業務報告書でもない、自分自身の言葉を残す方法を提示し、実践の場を提供したい」 と語った。言葉を持つことは、自分と社会の関係を編み直す行為でもある。「読者の方に『分かりやすい』『共感できる』と言っていただけるのは、構造を先に描き、言葉を選び抜く訓練を積んだから。学びを“方法”に翻訳して手渡すのが、これからの役割だと思っています」 とまとめた。

西野さんは結びに、創設から17年を経たSDMの “今” を 「地球環境も世界情勢も大きく変わりました。だからこそ “つなげる/伝える” を核に、学びを社会に実装する時代です。今日の話は、感覚を方法に翻訳し、人と人の間に新しい関係を生む行為そのものでした」 と位置づけた。

「伝える」 ことは、人と人をつなぎ、新しい未来を描く力になる。修了生たちの実践は、その可能性を鮮やかに示していた。


特集:慶應SDM神武研究室 「オープンラボ2025」 開催レポートhttps://finders.me/series/kqJTU8QICbtvF0wYpZU

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 (SDM)
神武直彦研究室「オープンラボ2025:世の中、きっとシステムデザインでなんとかなる!」 
https://www.kohtake.sdm.keio.ac.jp/openlab2025/

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 (SDM) 神武直彦研究室
https://www.kohtake.sdm.keio.ac.jp/