経済産業省では、長期的・持続的な日本経済の発展のため、大学や高等専門学校等の機関を中心とした研究拠点の中から、企業ネットワークのハブとして活躍している産学連携拠点を評価・選抜(国際展開型と地域貢献型の2類型)する 「J-Innovation HUB 地域オープンイノベーション拠点選抜事業」
を令和2年度より行っている。また、令和5年度より「地域の中核大学の産学融合拠点の整備」についての補助事業終了後、新たにプラットフォーム型の選抜も開始された。令和7年度についても、令和7年7月18日から8月27日までの間、公募期間が設けられ、第7回目となるJイノベ 地域オープンイノベーション拠点として、国際展開型3拠点、地域貢献型4拠点が選抜された。
本連載では、新たに選抜された拠点の取り組みを紹介する。
Jイノベ 地域オープンイノベーション拠点選抜制度
J-Innovation HUB 地域オープンイノベーション拠点選抜制度 国際展開型拠点~島根大学 次世代たたら協創センター
千年以上にわたり「たたら製鉄」の伝統を受け継いできた島根県。この地から、先端金属素材の研究を担う世界的な研究拠点が生まれている。古来より島根では、砂鉄と木炭を用いて鉄を精錬する「たたら製鉄」によって良質な玉鋼を生み出し、日本刀をはじめとする日本の金属文化を支えてきた。こうした技術と知恵は、日本の金属文化の礎として長く受け継がれてきた。
その伝統の精神を現代の科学技術と結びつけ、次世代の材料研究へと発展させることを目的として、2019年に島根大学内に設立されたのが「次世代たたら協創センター(NEXTA)」だ。歴史ある「たたら製鉄」の精神を背景に、基礎研究から産業応用までを見据えた先端金属素材の研究拠点として、新たな知の創出と社会実装を目指している。
1000年の伝統を受け継ぎ、世界トップレベルの先端金属素材拠点を目指す
次世代たたら協創センター(NEXTA)は、内閣府の「地方大学・地域産業創生交付金事業」(2018年)に採択されたことを契機に2019年に発足し、センター長にはオックスフォード大学のロジャー・リード教授を招聘した。以来、世界最先端の合金設計や計算科学の知見を取り入れながら、島根県・安来地区を中心とする特殊鋼企業群と連携し、産学官が一体となったオープンイノベーションを推進している。伝統的な「たたら製鉄」の知見を背景に、地域の産業基盤と最先端の材料科学を結びつける研究拠点として、国内外から注目を集めている。
こうした研究拠点の形成を背景に、島根大学では金属材料分野の研究・教育体制の強化が進められている。2023年に材料エネルギー学部を新設し、2024年には先端マテリアル研究開発協創機構を創設。研究をNEXTA、教育を材料エネルギー学部、社会貢献を協創機構が担う三位一体の体制が整い、大学全体として金属材料分野の研究・教育基盤を強化している。こうした取り組みにより、研究成果の社会実装や人材育成を一体的に進める体制が整えられ、地域産業と連動した材料研究の拠点形成が進められている。
航空機エンジンと次世代モーター ―2大プロジェクトで世界に挑む
NEXTAの中心となる研究は、「次世代航空機・エネルギープロジェクト」と「次世代モータープロジェクト」の二本柱である。
前者では、航空機エンジンに不可欠な超耐熱合金の大型鍛造部品の国産化に挑んでいる。耐食性や高温強度に優れた超耐熱合金はジェットエンジンの要となる材料だが、国内では大型鍛造品の生産体制が整っていないことが課題となってきた。NEXTAは県内企業と連携し、素材開発から加工技術までを含めた一貫した国産化体制の構築を目指している。
一方、次世代モータープロジェクトでは、結晶構造を持たないアモルファス合金の特性を活かし、低損失・低発熱の高効率モーターの量産化に挑戦している。島根県内には国内最大級のアモルファス金属生産拠点があり、この地域資源を軸に、難加工性の克服と量産技術の確立を追求している。
「ここにしかない設備」が世界の研究者を引き寄せる
NEXTAのもう一つの強みは、世界最先端の分析設備群である。特に注目されるのが、原子分解能磁場フリー電子顕微鏡(MARS)だ。従来型TEMでは強磁場が必要なため磁性材料の観察が難しかったが、MARSは無磁場環境で原子レベルの観察を可能にする。世界で2台目の導入であり、しかもNEXTAの装置は磁性金属の変形過程を“その場”で観察するために特別設計された、唯一無二の機体である。
さらに、1800℃まで加熱しながら観察できるレーザー顕微鏡など、“その場観察”に対応した装置が揃っており、企業との共同研究にも広く開放されている。
こうした研究環境のもとで生まれた成果は、Nature Communications誌に掲載されるなど国際的にも高く評価されている。航空宇宙分野などで品質向上に貢献する研究成果も生まれている。
たたら製鉄の精神を受け継ぎ、先端素材の未来を島根から世界へ
NEXTAの副センター長を務める柴田雅光氏は、今後の展開について次のように語る。
「NEXTAは、島根が誇る伝統的な『たたら製鉄』の精神を継承し、地域のマテリアルクラスターと、これからの時代に不可欠な『先端金属素材』を結びつける産学連携の拠点です。磁場の影響を受けずに原子レベルの挙動観察が可能な原子分解能無磁場透過電子顕微鏡や、1800℃まで加熱しながら観察できるバイオレットレーザー顕微鏡など、ここにしかない設備と経験豊富な教員陣が技術課題の克服に取り組みます。特殊鋼の開発、低損失で低発熱なモーターコアの開発、金属加工の効率化、品質管理のための試験や観察など、さまざまな分野で企業との共同研究を進めています。NEXTAとともに、未来を共創しませんか?」
千年の「たたら製鉄」の伝統が脈打つ島根の地から、航空機エンジンから次世代モーターまで、世界が求める先端金属素材の未来が拓かれようとしている。
島根大学 次世代たたら協創センター
https://nexta.matsue.shimane-u.ac.jp/
Jイノベ選抜拠点の記事一覧はこちら
https://finders.me/series/kqJTU6YwMDMwNTU