ありのままの集落の日常に触れる時間
株式会社伝燈は2026年1月、新潟県糸魚川市の集落・市野々で、集落全体を宿と捉える宿泊形態 「一村貸し」 を始めた。通年で暮らす住民がわずか2人となった限界集落を舞台に、古民家宿を拠点としながら、その土地に残る暮らしや風景そのものを滞在体験として提供する試みである。
市野々は、糸魚川の海沿いの市街地から約20km、標高400mほどの場所にある山間の集落。やわらかな湧き水に恵まれ、米づくりに適した平地が広がる。夏は風が抜け、冬には屋根まで雪が積もる。かつては小学校もあり、人の暮らしでにぎわった地域だったが、今では通年居住の住民は1世帯のみとなった。
今回の 「一村貸し」 は、そうした市野々の風景と営みを、宿泊という形でひらくものだ。滞在者は築200年を超える古民家に泊まりながら、地域の伝承人が案内役となり、季節ごとに変わる集落の暮らしや風景を体感する。朝に湧き水を汲み、昼に森を歩き、夕方には田畑に沈む光を眺める。山、海、空、森、田んぼ、畑、野草、山菜、湧き水、雪といった集落にあるものすべてが、滞在の舞台になるという考え方だ。
単に自然豊かな場所に泊まることではなく、米づくりや農作業、季節ごとの人足、雪仕事、味噌づくりやそば打ちといった地域の日常に触れることで、土地に根づいてきた暮らしそのものを知ってもらう。道端に咲く菊の花ひとつにも意味があり、それは田んぼの法面に巣をつくるネズミを避けるための知恵でもある。そうした景色の理由まで含めて受け継がれてきたものを、「地域風景」 と呼ぶという。
市野々での滞在を通して、その地域の日常に惹かれた人が新たな縁を結び、風景と暮らしを未来へつないでいく。その循環を生み出すことが、この取り組みの核にある。限界集落を単なる消えゆく場所としてではなく、次の時代に引き継ぐための舞台として捉え直す。 「一村貸し」 は、これからの日本の集落のあり方を考える上でも示唆のある実践といえそうだ。
宿泊の拠点となるのは、古民家宿 「堂道」。築200年を超える建物で、この地域に多く見られる屋号文化を受け継ぎ、古民家の屋号をそのまま宿の名に引き継いだ。改修にあたっては、できるだけ当時の姿を残した間取りとし、雪深い地域の古民家ならではの重厚な空間を活かしている。館内には14畳の囲炉裏付き広間や和室、ワークスペース、土間キッチン、風呂、洗面室、トイレ、縁側を備え、定員は8人。乳幼児の添い寝にも対応し、9人以上の利用は相談のうえ受け付ける。
宿に泊まるだけで終わらず、集落全体に流れる時間へ入り込んでいく。伝燈が糸魚川で始めた 「 一村貸し 」 は、宿泊の概念を広げると同時に、地域の記憶と営みをどう残していくかという問いにも向き合うものだ。滞在そのものが、土地に灯をつなぐ行為になっていくのかもしれない。
宿屋 「堂道」
新潟県糸魚川市市野々792
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